筆者は30年以上ITエンジニアをしてきました。とても進歩の早い領域なのですが、ITエンジニアのベテランたちが持っている能力は、試行錯誤をしながら営々と積み上げてきた技術や知識があって発揮されるものです。
当然、ITの世界にも毎年新人が入ってきます。ベテランたちはこの新人たちに自分が長年に亘って培ってきた技術や経験を教えなければなりません。ところが不思議なことに新人たちは先輩たちからそうしたものを注入されなくてもすでにそれを身に着けているのです。彼らが新人として戸惑うのは仕事をする上での勘所のようなもので、それさえ掴んでしまえばそれだけで彼らは十分活躍できるのです。つまりベテランたちが苦労して獲得してきたものを彼らは最初から持って登場してくるのです。しかもその使い方についてはベテランたちが舌を巻くほど上手です。
彼ら新人は学校教育などでそういう教育を受けてきたのでしょうか。そうではないはずです。新人たちの多くは情報処理の専門教育を受けていない門外漢です。彼らは学校では法律や語学や簿記などを勉強してきて、就職に際してたまたまIT業界を選んだに過ぎません。そんな彼らはいったいどこでITの技術を身に着けてきたのでしょうか。おそらくこの疑問に対して、明快な答えを出せる人はいないのではないかと思います。
推測できることは、人間の進歩、つまり経験の蓄積や技術の革新は、常に人類全体に共有されているのではないかということです。そしてその共有が機能すれば、それについて後続の若い人がそれぞれ一から学ばなくてもよくなるのです。ベテランたちが100の努力をして積み上げたものを若い人は1の努力で吸収できる、そんなイメージです。たぶんこれはIT業界に限らずどんな分野でも同様であるはずです。
「アカシックレコード」という概念がまさにこれなのではないでしょうか。アカシックレコードとは、人間だけでないすべての実体と生命体の、過去、現在に発生した普遍的な出来事、思考、言葉、感情のすべての記録であり、非物理的な何かにその記録がある、とされているものです。もしこうした存在がほんとうにあり、新しく生まれてくる人はこのアカシックレコードを読んだうえで地球上に人間として誕生するのだとすれば、上述の疑問は説明できるでしょう。あるいは、若い人々は毎晩の睡眠中にこのアカシックレコードを必要に応じて読みに行っているのかもしれません。
ここで大切なことは、もしこのアカシックレコードというものがあったとしても私たちはそれを意識的には利用できないということです。つまりここにも思考の限界があるかもしれません。
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